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すべての行動に気づきが満ちている


現在は東京住まいで徹夜も多い身ですけども、
いずれは、より自然のリズムに共鳴できる暮らしに
向かいたいと思っています。

そのためにも、まずは

「今」という瞬間に、できることを、できるだけ。

その歩みは止まっている如くゆっくりかもしれませんが。
でも、少しでも動けば前に進むというか。

結局はその積み重ねなのかもしれません。

でも、いい意味で欲深くいきます。

やはり、汚い所よりもキレイな所がいいし、
苦しいという気持ちよりも楽しいという気持ちがいい、
淀んでいるよりは流れている方がいいし、
怒っているより笑っている方がいいし、
動けないよりは動ける方がいい、

そして、不味いご飯より美味しいご飯がいい。

そうなんですが、ここで「そのためにツライ思いをする」のは
できる限り避けたいところです。よね?

もちろんツライ思いがあるから、その分喜びも大きいともいいますが、
それだったら僕は小さな喜びでもいいかなと思ったりもします。

ま、大きいに超したことはないんでしょうけども、
幸か不幸か“喜びの大きさ”の基準も知らないので。


それで、まずはご飯の話です。

どうせいただくなら美味しい物をいただきたい。

そんな想いから米作りも2年目。

やはり、自分がその生命のサイクルに関わった作物をいただくということは、
その味を他の人がどう判断するかに関わらず、間違いなく最高のものです。

いつか自分が手がけた作物で食卓を満たせたら最高だろうな、
と、前々から漠然と思ってはいたのですが、

昨年の始め、とある友人から誘いをいただいたので、ふたつ返事で
米作りチームのメンバーに参加することになりました。

米作りも多数のドラマに満ちていて、簡単には言い尽くせませんが、
2年目となる今年もほぼ変わらぬメンツで臨んみました。

昨年は千葉県の香取市でしたが、今年は千葉県房総半島の南端近く、
館山市の九重と和田町花園の2カ所に2反弱を借りてのチャレンジです。

まあ、これも昨年以上にいろんなドラマがありましたが。

なんとか、ぼちぼちと収穫の時期を迎えております。

収穫はしばらく続くので、このあたりの話は少しずつお話します。

ま、いろいろありまして、今年は2カ所に2種ずつ、
計4種の稲を育てたんですが、これが不思議なもんで、
同じ田んぼでも種類が違うと育ち方も実のつき方も全然違います。

当たり前っちゃ当たり前なんでしょうけど、実際に見ると、
東京住まいの僕にとっては「へ〜!!」なんです。

そのなかの一種、九重で作った「フサオトメ」という種が
いい頃合いということで20日に今年初めての収穫を行いました。

ちなみにトップの画像は「フサオトメ」と「ヒノヒカリ」を植えた、
九重の田んぼの様子です。左側はこの後収穫を迎える「ヒノヒカリ」です。

米作りで得る気づきの数は本当にハンパないので、
少しずつ小出しにしていきますが;)

こと身体に関しても、本当に多くの気づきがあります。

田植えや草取り時の姿勢、クワの握り方、振り方、
草の刈り方、泥の中の効率よい歩き方などなど、
その例は枚挙に暇がありません。

で、今日は刈り取った稲を干すための青竹の切り出しも行いました。


写真はメンバーの山口オトート、お尻だけの出演は土橋さん。

切った竹は、孟宗竹って竹ですが、
高さは約5〜8m、スゴくないですか。

そして、そこでも、たくさんの気づきがあります。

20本ほど切り倒して節から出ている枝を落としていくんですが。

必ず枝の数は2本なんですね。しかも左右交互順番で。
みんな同じです。不思議なもんですね。

自然にはそういうことがたくさんありますよね。
黄金比率、フィボナッチ係数、素数などなど。
こんな話もいずれお話したいですね。

が、肝心の竹は、一生懸命やってたんで写真撮る余裕もなかったです。。
文章のみで失礼します。理解してもらえれば幸いです。

枝を落とすときには、まず根元の方から竹に跨がるのですが、
そうなると、数十センチ間隔で、左右に2本ずつの枝が生えていることになります。

最初左側から始めるとすれば、左に飛び出した2本の枝を掴んで、
左側の枝の根元をノコギリでキコキコやって落とします。

次は右側。

こっちが問題です。

僕は右利きです。

なので、今度は左手で右側に大きく飛び出した枝を掴んで、
右手で身体の真下にある枝の根元をノコギリでキコキコ。

この体勢だと、左手が大きく身体の右側に行くので、非常にやりづらい。

かといって枝を持たないと、枝が動いてしまい、切るのに時間がかかる。

なんかバランス良くないなと。

そこで、しばらくしたら“ノコギリを持つ手も左右交互にすりゃいいんだ
ってことに気づきました。

左側を切るときは右手でノコギリを使い、右側を切るときは左手で。

そうすれば、腕がクロスすることなく(同じ側にある)、
また常に身体の中心と、竹の中心もぶれないので、
右手だけのときよりも、少ない動きと力で切ることができます。

また、左右の手を交互に使っているので、利き手だけ疲れるということはありません。

最初は利き手でない方でノコギリを使うのは難しそうな印象があるかもしれませんが、
“手ぬぐい体操”のおかげで、以前は苦手だった左手の動きも
少しずつ動かせるようになってきていますし、

骨や筋肉の動かし方を知っていれば、左右同じことをすればいいいだけです。

そう思ってやってみると、意外とできるもんなんですよね。

稲の苅り方、縛り方、積み方しかり。

すべての行動に気づきが満ちていますが、こと「身体」や「身体の使い方」に
フォーカスを当ててみると、いろんな発見に満ちています。

これは身体が使えるようになるにつれて、その感覚はよりリアルなものとなります。

僕は疲れるよりも疲れない方がいいので、

どうしたら疲れないように動くことができるのか、

どうしたら最小限の力で最大限の効果を生み出せるか、

ということをよく考え、そして感じながらやります。

すると、アレコレ身体に尋ねながら、楽な姿勢を探していくと、
自然のサイクルに自分がシンクロしてフロウし始める瞬間があります。

あまり疲れない枝の切り方、稲穂の刈り方を自分なりに発見したとき、
そのときの動きは、「理にかなった動き」になっています。

腰がしっかり入って、中心がぶれず、身体全体で動いています。

これは、感じながらラクな体勢を探していっても見つかりますが、
「肉体のメカニズム」という側面からもアプローチできます。

いかに腕の力を使わずにノコギリを引くか

少々マニアックですが、ノコギリを引くときに
腕の力に頼っていては結構早めに疲れてしまいます。

それは、腕の筋肉がそれほど大きくないからです。

それよりも、もっと大きな筋肉も使った方が効率的です。
それは肩甲骨を使ったり、身体の上下運動だったりします。

また、ノコギリの重さや刃の目を読みながら切ると、
人力ではなく、道具の力で切ることもできます。

こんなことを発見するゲームをクリアするたびに、
身体は脱力し、さらに大きなうねりを生み出します。

単純作業をツライ作業と捉えることは簡単です。

竹の切り出しなんて単なる作業ですよ、実際。

ですが、そこにも“身体を読み解くゲーム”は隠されています。

そのゲームを楽しめるかどうか

楽しもうと思えば楽しめるポイントなんて無数にあるんです。

そこに気づけるのかどうか。

ゲームと捉えられるかどうか。

楽しいゲームをクリアしていくうちに、自分たちが食べる米ができ上がる。

最高です。

そして、美味しいモノをより美味しくいただくために、
身体の手入れもしておきたいですね。

楽しいコト、そしてそれがまた正しいコトであれば、
それを実現するためなら、どん欲でいてもいいですよね?

COMMENTS

  1. 染谷淳一

    おつかれ~~~~~~~!!!
    そめやです~~~~!!!
    最近、よく香取と鹿島神宮にいってましたよ~~~~!
    近くで米、作ってたんだ!
    がんば!!!!

    Reply
    1. Terano Post author

      ご無沙汰してますー
      香取は去年なんですよ。
      今年は南房総の和田町でやってるんですよ。

      いろいろありますが、米づくり最高です。

      また交わることもあると思いますんで、
      よろしくお願いします~

      Reply

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